毎春、桜の開花とともに訪れるのは、真新しいスーツを身にまとったフレッシュマンが一堂に会して行われる各社の趣向を凝らした入社式。
そこで、名高い社長が垂れる訓示は翌朝には活字となって紙面を彩ります。晴れやかな一日を過ごした新入社員たちの多くは、社会人として一人前となり、一日も早く会社に貢献できる「人材」となろうと固く決意したことでしょう。
しかし、その魔法が解けるゴールデンウイーク明け頃には「何かが違う」と感じはじめ、彼らのうちの三割以上は3年を待たずして何らかの理由で会社を去ることになります。
あの日あのとき、こんな日が来るとは露ほども思っていなかったに違いありません。
「自分に合っていて、力を生かせる会社に」と転職活動に精を出す若者に対し、年長者は「そんな会社などある
ものか、根性なし」と嘆き、転職エージェントは「雇用の流動化が経済を活性化する」と理論武装し勢力を拡大し続けています。
平行線を保ったまま永遠に交わることはないように思われる三者の言い分は、それぞれの立場で鑑みれば至極まっとうで、「考え方の違い」と結論付けざるを得ません。
ただ、言えることは「必ずしもひとつの会社に長く留まり続けるのが最良ではなく、転職が珍しくない時代」となったことは紛れもない事実であるということです。
日本経済が右肩上がりの成長を遂げてきた時代が終焉を迎え、それを支えてきた終身雇用、年功序列といった日本型の雇用制度は徐々に色褪せてきています。
それは、かつてのように会社が「定年まで面倒を見る」ほどの体力がなくなり、「自分のキャリアは自分で切り拓く」という自己責任の時代が主流となりつつあるのが転職市場が活況を呈している最大の理由なのではないでしょうか。
転職エージェントが語る転職希望者の「勘違い」している人たち
延々と続く会社員生活の中で転職を全く考えたことのない人など皆無に違いありません。もし、そんな人がいたならば、「天職」と胸を張れる仕事に出会った幸運な人です。ならばその縁に感謝してその仕事を全うするべきです。
しかし、多くの人は待遇や仕事内容、職場環境などに関する不満や、自身が思い描いていた「あるべき姿」とのギャップとの葛藤に苛まれながら日夜戦っているのです。
できることなら自分が納得のいく環境で働きたいと望むのは極々自然なことで、違いは「実際に行動を起こしたか」ということだけなのです。
しかし、数多くの転職希望者と面談し、実績を上げてきたエージェントをもってしても「こりゃだめだ」と匙を投げてしまう人が最近特に増えていると聞かれます。
その大部分が、実力や実績と自己評価との間に驚くほど大きな開きがあり、その姿は草野球を嗜む程度の実力でキャッチボールもままならない人が大真面目な顔をしてプロ野球の入団テストを受けにくるようなものなのだそうです。
いくら転職市場が活況でも、猫の手でも借りたいほど人手不足が深刻なIT業界であっても「そんな人はいらない」と門前払いを食らうことは想像に難くありません。その事例のほんの一部をご紹介しましょう。
実力の伴わない年収アップを希望する人
年収アップを目指すのは転職にまっとうな理由ですが現職がよほど悪質な企業でない限り、その人がそれだけの給料に留まっている相当な理由があるはずです。
ですので「周囲が自分よりもらっている」、「俺ももっともらえていいはずだ」というのは「隣の芝は青く見える」のと同じ論理であって、それこそ厚顔無恥であると笑い者になるのが関の山でしょう。
未経験分野のスキルを転職先で身に付けようとする人
転職は、これまでの身に付けたスキルが「貴社のお役に立てます」と売り込んだ結果成立するもので、「貴社に入って○○を身に付けたい」などという思いをおくびにも感じさせたなら、その会社との縁はまずないと思って間違いありません。
転職先でのスキルアップは、「転職先で働いた結果、○○のスキルも身に付いた」という結果に過ぎず、最初からす切るアップ目当ての転職ならば、伸びしろのある若い社員に経験を積ませる方がよほど効果が見込めるというものです。
少数が全体を支配するとされるパレードの法則は、80:20の法則として広く知られていますが、これは会社組織についてもあてはまります。
つまり、会社を支えているのは2割の優秀な人材であり、残りの8割は彼らに食わせてもらっている言わば、「いるだけの人(人在)」であり、代わりの利く人手に過ぎないのです。
まるでサクセスストーリーを絵に描いたような転職を実現させられるのは実はその2割の中にいた「人財」であり、百戦錬磨のスカウトでさえ、首を縦に振らせるのが難しいほど現職で代わりの利かない重責を担っていることがほとんどです。
あなたは、会社組織の現在や将来を担う2割の「人材」の中にいるでしょうか、それとも、彼らの稼ぎにぶら下がっている8割の「人在」でしょうか。
あなたが転職を目指す理由を澱みなく語ることができず、そこに少しでも子供じみた好き嫌いの感情や、責任転嫁と思える節があるならば転職に成功する確率は極めて低いと断言することができます。
まずは、自分自身の立ち位置を冷静に考えてみてください。
転職を目指すITエンジニアに求められる能力
ITエンジニアはシステム開発など社外の案件に携わることが多く、関わったプロジェクトはまるで一期一会のようなもの。それはそれで刺激もあり有意義な時間には変わりはありませんが、中には、「ひとつの会社の経営にとっぷりと深く関わる」ことを希望して社内SEへの転職を目指す事例が増えています。
料理人の武器が包丁であるように、ITエンジニアはコンピューターを武器とした職人です。ですから、専門分野をとことん突き詰める職人タイプの人が多く、彼らが日本のIT産業を冴えていると言っても過言ではありません。
しかし、ITエンジニアとしてキャリアを重ねるにつれ、スキルを高め、活かす仕事からは次第に遠ざかっていき、プロジェクトを徐々に俯瞰して見ていく立場となっていくこと、一般的にはそれを「出世」と呼ぶのですが、それに寂しさや不満を募らせていく人も少なからず存在します。
社内SEになれば、慣れた環境で仕事ができ、様々な事態も予測がしやすくなる点は大きなメリットであり、デスマーチさえも珍しくなかった日常に「ワーク・ライフ・バランス」なる概念がついに定着する契機となるかも知れません。
しかし、社内SEになったからといって職人としての道をひた走ることができるわけではありません。
社内外の折衝やプロジェクトの管理、経営戦略への関与など様々な局面への対応が求められ、したがって、コミュニケーションスキル、戦略的思考、問題解決能力、リーダーシップなどがこれまで以上に必要とされるのです。
最後に確認して欲しいポイント
受験産業やダイエット食品など、宣伝に使われている輝かしい成功事例の陰にはその何倍もの失敗事例が隠れていることは多くの人が感覚として認識しています。
転職活動もまったく同じこと。転職サイトできらびやかに宣伝される転職成功例はあくまで成功例であり、二度と日の目を見ることのない失敗事例や不本意転職の事例が星の数ほどあることを忘れてはなりません。
転職が珍しくない時代になったからと言っても、スキルや実績もなく余りに安易な理由で転職を目指す人を受け入れてくれるほど甘いものではないのです。
転職を意識したならば、一日も早く自分自身が会社の「2割」の人間であると胸を張って言うことができ、かつ、もし転職を切り出したら会社を上げて慰留される「掛け替えのない人財」になることを目指してください。
その上で行動を起こしても決して遅くはないはずです。